言葉の刃

言葉は時に鋭く人間に突き刺さる。そしてその人を苦しませる。だから言葉を発する人間は、言葉が人間にどんな影響を及ぼすかを想像できなければならない。しかし一人間の想像力など全く矮小なもので、周囲との相互作用なく自己完結的にまとめ上げられた想像の産物は、広く客観的に見ると全く役に立たないものとなってしまう。

 

失敗を忘れてはいけない。自分の言葉は知らぬ間に他人を傷つけることがある。傷つけようという意図なく発した言葉が、他人を傷つけることがある。これは避けられない。しかし、そのような経験を忘れてはいけない。他人を傷つけた、という結果とともに深く心に刻み、時々思い出しては後悔の念に苛まれなければならない。そのような経験の積み重ねが、言葉が他人に与える影響を想像するための種になるのだ。

 

他人を侮蔑する言葉は、自明に発せられるべきではない。いかなる場合にでも。それを言われた人間の心に、その言葉はいかなる場合でも突き刺さるからだ。時に、突き刺さっていることをポーカーフェイスでもって隠そうと、繕う人がいる。これは無駄な努力である。突き刺さった言葉は、人間にいつでも真の影響を与えうる。その言葉を発せられた時点でもう一生治らない怪我を負わされているのだ。

 

"言いたいことを言ったもの勝ち"だろうか。それは野蛮である。勝つべきは、言うべき時に言うべき言葉を言うことのできる人である。これは難しいことだが、卓越した想像力でもって言葉の影響力を深く知っているならば、それは可能である。目指すべきは、そんな言葉使いである。